回想法にまつわる話「施設病予防にも回想法」
なぜ福祉施設で回想法が必要なのか。
「施設病」の危機。
平成24年の施設内虐待報告736件、平成25年の施設虐待962件(厚労省調査)。こうした施設内虐待が年々増加傾向にあります。何をもって虐待と呼ぶか、という議論もありますが、YouTubeにアップされた映像などを見る限りでは人格の尊厳が守られているとは言えない対応が感じられます。
厚労省の補助を受けてNPO全国抑制廃止研究会が2014年に8988施設の情報を得て集計したところ461施設が「虐待があった」、1049施設が「あったと思う」と答えていました。実に16.8%に及んでいます。中にはどうしても一時的に必要とされたこともあったかもしれませんが、やってはいけないことであることには変わりありません。
平成17年11月、高齢者の虐待防止や早期発見、養護者の支援などを定めた「高齢者虐待防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」が成立したのですが、現実はなかなか良い方向へとは進んでいないようです。
施設病は関係性の変容が原因
1990年代の福祉行政は「箱物行政」と呼ばれ、老人施設をはじめ福祉施設が多数開設されました。福祉施設はおおむね建設費用の90%が補助金で賄われるので、バブル崩壊の余勢がこうした箱物へと向かったのでしょう。2000年の介護保険導入前のこともあり、生活丸抱えの老人施設は大盛況を見せました。その時期に言われたのが「施設病」でした。もともとは、精神科病院における入院患者の行動変容をあらわす意味だったのですが、それが老人施設にも波及してきました。つまり、介護保険以前の老人施設はたとえば「頭髪衛生管理」のもとに男性は坊主頭、女性はオカッパ頭(特養刈りと言われた)に統一され、個人の個性などは管理福祉の名のもとに無視されていました。これが象徴しているように施設のルールを厳格にすべての入居者に平等に適用されることにより没個性化、没自己意識が醸造され、こうした生活環境に適応することで、主体性のないロボットのような入居者ができあがったのです。ロボットという意味は感情がないと意味で、喜びや悲しみさえも消失してしまい、生きていることの歓びを得られない生活だったのです。
さらに大きな問題は、施設職員の意識が入居者を人格のある人間であると感じなくなってきたことでした。時間ごとに決められた介護労働を機械のようにこなすだけで、人間への尊敬の意識や人生の先輩への敬意などがなくなり、施設職員も感情のないロボットになってしまったのです。
心理実験での検証
こうした介護職員の非人間的な行動パターンの発生は「スタンフォード監獄実験」と呼ばれる現象に近いものでした。
1971年8月14~20日、アメリカ・スタンフォード大学心理学部で心理学者フィリップ・ジンバルドー の指導の下に刑務所を舞台にして、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう事を証明しようとした実験が行われました。模型の刑務所(実験監獄)はスタンフォード大学地下実験室を改造したもので、実験期間は2週間の予定でしたが、看守役の暴力行為が発生し6日間で中止されてしまいました。
内容は、新聞広告などで集めた普通の大学生などの70人から選ばれた被験者21人の内、11人を看守役に、10人を受刑者役にグループ分けし、それぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を作って演じさせ、その結果、時間が経つに連れ看守役の被験者はより看守らしく、受刑者役の被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるという事が証明されました。この実験で看守役と囚人約の関係性が遮断されたことによって看守役が囚人役を人間扱いしないことに抵抗感がなくなり暴力行為へとエスカレートしていったことがわかりました。
実験に際し、より刑務所に近づける為に様々な“工夫”を凝らしました。例えば囚人側の人々にはそれぞれ囚人番号が与えられ、実験期間中、互いに番号で呼び合うことが義務づけられ、囚人役に与えられた衣服も質素なもので、着心地の悪い綿の囚人服にゴム草履、そして頭にかぶる為のストッキング(かぶることで頭を剃髪したように見せるため)といったものでした。また一部の囚人は、更に手足を鎖で繋がれた者もいました。一方、看守役の人々にはカーキ色の制服と木製の警棒が与えられ、囚人を威嚇することが許可されていましたが、暴力はもちろん禁止です。大きなミラーサングラスをかけることで匿名性を確保し、囚人と目が合わないようにするといった工夫もなされていました。
この実験は2002年に「es【エス】」、2012年「エクスぺリメント」という題名で2度映画化されています。
関係性の遮断がロボット人間を作る
施設内の高齢者と職員という両者の関係性(コミュニケーション)が途絶えてくると両者の感情が消失していくロボット化が進み、結果的に「老人施設の監獄化」が発生してしまうことになるのです。こうした入居者と介護者がロボット化してしまうことを「施設病」と言います。
施設病の原因は職員と入居者のコミュニケーション不足だといわれていますが、人手不足を理由にそうした施設病を許容することはできません。しかし、現実的には若い職員であれば、業務の合間にする高齢入居者とのおしゃべりであっても話題が見つからず、あいさつ程度の会話だけがコミュニケーションいうことになってしまうかもしれません。20人から30人の入居者が集まる食堂にテレビの音だけが響きわたり、おしゃべりの声がまったく聞こえない施設が最近の急速な施設増加にともなう職員不足のため急増しているとも言えるでしょう。こうした施設環境が施設病を発症させ、施設虐待を誘発しているとも考えられます。
施設病予防のために
施設病や虐待の原因を心理学的に分析してみると、個人の匿名性にあります。スタンフォード監獄実験にもありましたように、囚人を番号で呼び個性をなくし、私的な会話を禁止して指示に従うだけの関係性を形成していきました。これを高齢者施設に置き換えてみると、○○さんとは呼ぶものの、どこで生まれて、どんな生活をしてきて、特技や好みも知らないと、まるで番号のかわりに○○さんと呼んでいるように聞こえます。
相手のことを知らないから非人間的な行為ができてしまうのだとしたら、相手のことをたくさん知ることで、非人間的な行為ができなくなるということになります。介護の基本として高齢者のことを「理解する」と何度も繰り返されていますが、「どのように理解するか」という具体的な方法に関してはほとんど言及されていません。それは介護の範囲ではなくコミュニケーションの範囲だとして介護者の個人的努力に期待しているようです。しかしながら、年代がまったく違っていたり、現在のことがうまく理解できなかったりしている高齢者のことを理解するためには、それなりの技術と努力が必要でしょう。そうした努力なしに施設病の予防はできません。人手不足を理由として施設病がより広く蔓延し、その結果、施設虐待が発生してくるのです。
回想法は施設病を予防する
入居高齢者を理解する一番適切な方法が回想法です。人生80年の歩みを職員が知ることで、高齢者を人間として感じ続けることができるようになります。そうすれば、介護職員と入居高齢者の関係性が維持され、非人間的な意識の発生が抑止されます。
回想法の目的は、高齢者だけに対するものではなく、職員の意識を変えることにもあります。毎日同じような生活介護のパターン労働が続くとどうしても感情が鈍化していき、手のかからない入居者が「よい入居者」となり、このよい入居者が基準となって、ちょっと騒いだりすると「基準外」というレッテルを貼り、抑え込もうとして、結果的に虐待行為が発生するようです。
千葉県のグループホームでは、介護員と入居者がいつでも楽しくおしゃべりしています。介護職員が話かけることも多く、その結果、入居者の感じた違和感(クレーム)もごく小さな段階で改善してしまうので、大きなクレームが発生したことがありません。そこはオーナー施設長で、職員はほぼ10年間入れ替わりがありません。毎週のように勉強会が開催され、施設長が入居者とのおしゃべりの大切さについて説いています。大きな施設から来た職員は、おしゃべりは苦手だと始めのうちはおしゃべりもそれほど多くはなかったものの、次第に高齢者とのおしゃべりそのものが楽しくなってきたと言い、今では、おしゃべりができるこの施設が大好き。とまで感じるようになりました。
現在、このグループホームでは、毎月、お坊さんから法話をいただいており、法話が終わるとお坊さんは一人一人とおしゃべりをしていきます。おしゃべりの内容は、子どもの頃に行ったお寺のことや宗旨のことなどお坊さんにしかできないおしゃべりをしています。
投稿者プロフィール
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回想療法は、2000年から普及されてきた最新の認知症予防・介護予防技術です。
日本回想療法学会では、弊学会の活動に賛同して回想療法の研究活動に参加される方々、回想療法を学びたい方々を募集しています。
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