回想法にまつわる話「家庭でのMCI介護」

 コロナ時代は時代を変え、一歩も外へ出ないという高齢者もいます。コロナ時代が開けた後に認知症が急増することが危惧されています。特に認知症高齢者と同居しておられるご家族は日々のケアにご苦労されている家族も多いことでしょう。自治体は認知症高齢者が住み慣れた地域で生活することを勧めていますが、実際の生活は家族の負担が大きなものとなっています。
そこで、今回は回想法センター取手でボランティア活動している女性が耳にした「親の介護」に関して、ワクチン接種を済ませた園部さん、渡邉さん、堀越さんの3名におしゃべりしていただきました。

弄便はテレビ的にオイシイ

園部■私たちの年代って親の介護世代でしょ。周りの人からもいろいろ耳にするわ。一番ひどいのが「認知症だから治るわけがない」とか、「認知症になるとウンチで遊ぶんでしょ?」なんて言う人がいるの。びっくりしちゃう。

渡邉■それはひどいわね。認知症に関する情報がまったく理解されていないって感じ。でも、テレビに出てくる「アルツハイマー病」のドキュメントなんかでは弄便(ろうべん・自分の排泄物を手に持って、それを壁などに塗ってしまう行為)の様子が出ちゃうと「認知症ってそうなっちゃうんだ」って思うわけよ。

園部■そうね。それってテレビの影響かもしれないけれど、弄便をする例は極めて少ないんだけれど、ショッキング映像だからテレビ的にはオイシイところかもね。

堀越■ショッキング映像もそうだけど、「認知症は治らない」っていうのも実際はどうなのかしら。

渡邉■認知症にもいろいろな種類があって一口には言えないけれど、認知症には中核症状と周辺症状があるのよね。中核症状は大脳細胞が消滅することであらわれる症状で、家族の顔がわからないとか、文字が読めないことなど。弄便や道に迷うなどは周辺症状ね。弄便のメカニズムを考えてみると、①排泄された大便が何だかわからない。②だから触ってみる。③手にくっついて離れない。④手を洗う方法を忘れてしまったから洗えない。⑤だから手についた大便を壁に擦り付けて取ろうとする。というのが結果的に弄便行為ということ。だから、対応としては大便をしたら便を手に触れないようにしておけば、そうした症状を防げるわけよ。

堀越■でも、毎回の大便じゃ大変でしょ?

渡邉■大便って大体1日に1回で、その時間もだいたい同じことが多いわ。だから、そうした生理的リズムを家族が知っておけば、そのときの対応策ができると思うの。

堀越■そうね。でも、そうしたことがこれからもずっと続くと思うと精神的にも疲れが出ちゃう。

渡邉■そうね。これからずっと・・・。と思うとつらいわね。でもね、認知症は前期3年、中期3年、後期3年って言われてるの。

堀越■何?その3・3・3って。

渡邉■これはだいたいの目安だけど、アルツハイマー型認知症の場合、物忘れがひどいといった「MCI時期」が3年間。道に迷ったり、怒りやすくなったり、弄便などをする「生活混乱期」が3年。そして、運動機能が低下して転びやすくなって車イス生活になり、そして「寝たきり生活」が3年。こうなると天寿が近くなるのね。だから、手間のかかる混乱期はだいたい2~3年くらい。それくらいの辛抱だって知っているだけでも気持ちが和らぐみたい。

堀越■そう。じゃ、その3・3・3の中で、一番大変な混乱期を軽減することはできるの?

渡邉■そうね。改善とまでは行かなくても、MCI期から混乱期に進ませないためには回想法が一番ね。

堀越■それってすごいかも。

生活混乱期を軽減する回想法

渡邉■MCI期を維持するって言うけど、MCI期も大変よね。知り合いから聞いたんだけど、「冷蔵庫に入れ歯が入ってたり」「10人前の寿司の出前を注文しちゃったり」「同じものばかり食べたり、同じものばかり買ってきたり」といろいろと面白いことをしてくれるらしいわ。

堀越■そうそう。料理をしてくれるのはいいんだけど、「料理の味が濃くなってきたり」「料理の後の台所がタイヘン!」何てのも聞くわね。

渡邉■そうなのよ。MCI期から進行させないって言っても、けっこうタイヘンなんだ。だから回想法なのよ。

堀越■どういうこと?

渡邉■回想法は記憶が消えるのを防ぐ効果といわれているけど、同時に感情を安定化させる効果もあるの。要するに「感情を興奮させない効果」とでも言えるかも。

堀越■そうね、家にいる父親が「ワシの眼鏡はどこだ。確かここに置いたはずだが」と言ったら、娘さんが「お父さん。本当にここに眼鏡を置いたの?本当に置いたんでしょうね」と問い詰めると、父親は「ワシャ絶対にここに置いた記憶ははっきりしておる」と激高してそれ以来父と娘がバトルしているみたい。

園部■それ、よく聞く話ね。

堀越■みんなそうなっちゃうのかしら。

渡邉■それって、娘さんの対応にちょっと問題があるようね。MCI期は興奮しやすい時期でもあるから興奮させないような対応がポイントね。たとえば「眼鏡を置いた」という過去の事実に目を向けるのではなく「目の前に眼鏡がない」という現在の事実に目を向けた対応をすると「対立」しない関係ができるのよ。父親の記憶だって置いたのは1年前かもしれないからね。「置いた」という事実の記憶はあっても「いつ?」という記憶が消えていると1年前も昨日も記憶は同じような感覚になるのよ。

堀越■そう。じゃ、どんな風に答えたらいい?

渡邉■そうねぇ。「ホントに眼鏡がないわね」とまず事実を共有する。次に「いっしょに探してみましょう」といっしょに探す。

堀越■それって、過去の事実の確認がないですよね。

渡邉■そこよ大切なのは。事実として確認しなければならないのは「眼鏡を置いたかどうか」という事実確認ではなく「眼鏡がそこにない」という事実確認なのよ。ついつい過去の事実に目が行ってしまうけど、MCIの場合、過去の記憶がはっきりしていないということを前提とすれば、過去をどう聞いても混乱するだけだから、現在の事実にだけ目を向ける。そうすれば父親も納得するわ。

堀越■そうね。私たちはずっと5W(いつ・どこで・誰が・何を・どうした)という事実を確認する生活を続けてきたから、どうしてもそこに目がいっちゃうのよ。MCIはそうしたことをちょっとだけ忘れればいいのね。

渡邉■その通り。それを1H話法と言うの。1HのHはHow?のH。どんな感じかな。という質問の繰り返し。眼鏡がないというケースでも、「ないわね。どんな色の眼鏡?レンズに色はあったっけ?」などと眼鏡の状態を聞くの。そうするといっしょに探してくれているという実感が伝わって興奮状態にはならないわ。

お風呂に入らないのはMCI

堀越■確かにそうね。いっしょっていいわね。そう言えば「母親が急にお風呂に入りたくないって困ってる」って聞いたわ。これもMCIかしら。

園部■今までお風呂が大好きだった人が風呂嫌いになるってびっくりね。それって、うつ状態の人もお風呂に入らないんだって。

堀越■何でだろう?やっぱりめんどうくさいのかな。

園部■めんどうくさいのは確かね。でも女性としてはお風呂はマストアイテムだから、これを嫌がるのはやっぱりMCIね。MCIが発症すると、自分だけのことしか考えられなくなるのよ。お風呂って自分もそうだけど、清潔にするのは他の人に悪い印象を与えないためだったり「臭いヘンなヤツ」って思われないために入っているかもしれないでしょ。だとすれば、他人の目がまったく気にならなくなれば、自分一人の世界で判断できる。つまり、「自分が我慢すればそれでいい」「自分がイヤでなければ何もしたくない」という感覚ね。もっと進むとお風呂の入り方がわからなくなったので入らないって可能性もあるわ。

堀越■えぇ!人の目を気にしなくなるの?

園部■そうねぇ、私たちだってお化粧しないで外出することも多くなったじゃない。

堀越■まぁね。

園部■それをもっと拡大すると、お風呂に入らなくても気にならない、となるのよ。

堀越■いやっだぁ。信じられないけど。いろいろ聞くとそうなのね。

園部■つまり、社会性が低下したってことかな。独居の高齢者に多くみられるそうよ。お風呂に入らなくなると、次は部屋の中にゴミがあふれてくる。コンビニで買い物をして出たゴミをそのまま部屋の中に置いておくの。

堀越■何で?

園部■ゴミの日がわからないこともあるかもしれないけれど、MCIになると臭いを感じにくくなるの、つまり、認知症の症状に嗅覚鈍麻があるの。コロナでも嗅覚異常があるように、嗅覚が鈍麻すると臭いが気にならないからゴミの臭いも気にならない。だから家の中がゴミだらけになってしまう。

 もともと嗅覚は動物の一番古い感覚なの。つまり、これは食べられるものか、食べてはいけないものかを臭いで判別しているわけ。腐った臭いって食べるとアブナイわよね。でも、最近は賞味期限というものが私たちの嗅覚を奪ってしまったかもしれない。だって、食品の賞味期限は確認するけど臭いはかがないでしょ。

堀越■確かに臭いは、フレグランスの匂いくらいね。

園部■嗅覚が人間の一番古い感覚であることから、逆に気持ちを和らげるフレグランスをかげば、少しはMCIが落ち着くかもね。

堀越■でもね、MCIって嗅覚そのものが鈍麻しているんだから、いい香りをかがせても、やっぱりわからないじゃない?

園部■そうかもね。だからMCIになる前にフレグランスアロマを楽しむ習慣があれば、香りがしなくなったとき、「MCIになったかも」って自覚できる。

堀越■ははは。それも一つの認知症予防ね。
園部■って言うか、MCIチェックになるかもね。

フォローしてみませんか

投稿者プロフィール

日本回想療法学会
日本回想療法学会
回想療法は、2000年から普及されてきた最新の認知症予防・介護予防技術です。
日本回想療法学会では、弊学会の活動に賛同して回想療法の研究活動に参加される方々、回想療法を学びたい方々を募集しています。

回想法(心療回想法)を一緒に学びませんか

心療回想法は心療内科医療から生まれた「おしゃべりの技術」です。その特徴は“インタビュー方式”にあり、“インタビュー項目”を通信教育で学ぶことで誰でも実力がつきます。
回想療法の通信教育講座を修了すると「心療回想士」(5級)資格が授与されます。